2006-06-01から1ヶ月間の記事一覧
朝から雨が降ったり止んだりしてうっとおしい。 池のふちを歩いていると、釣人が置いていったのか、ボートが目に入った。 ぼーっと見ていると、視界の中で一瞬何かが動いた。 目を凝らして集中する。犬か、タヌキか、それとも話題のアライグマか!? 驚かさ…
日露戦役記念塔 佐保神社の境内の大けやきの下に「日露戦役記念塔」が立っています。 この記念塔の台座部分には、大正2年(1912)「大阪堂島取引所有志」と彫ってあり、この塔が大阪堂島取引所有志によって建てられたことがわかります。 なぜ大阪の堂島…
佐保神社の由緒について 社の町の起源は佐保神社であるといってまちがいはないでしょう。 それは、社・「やしろ」という地名は、古い検地帳などに「佐保社村」、「佐保村」、「そうの社」などの名が見られることからも明らかです。 佐保神社の由来は古く、養…
田町にあった御大神宮さん 田町筋は、西から西田町、中田町、そして東田町と三つの町割があります。中田町と東田町の境を分ける路地と田町通りが交わる服部家の前に、昔、御大神宮さんの小宮がありました。写真は田町にあった昭和初期の頃のものです(中田町…
神姫バスの営業所のあと 旧国道175号線と社環状線が交差する赤岸交差点から少し南に向って歩くと、社市街地の北の入口に入ります。 その坂のちょうど真ん中あたり、左手(東側)に神姫バスの営業所跡があります。と言っても今は住宅が建ち、昔の面影はほ…
石段と神橋 明治館(元加東郡公会堂)の敷地にある忠魂碑の南側は、急な崖になっていて、社の市街地の高台がここで切れています。ここに石段があり、崖下の小道につながっています。 この場所に石段があるのは少し唐突な感じがしますが、この石段は、昔は佐…
旧役場跡 田町通りの西田町から北に道を折れ、社小学校に向つてしばらく歩くと、社消防会館(加東市消防団社分団詰所)と駐車場が見えてきます。関西電力社営業所から郵便局に抜ける道路と交差する地点です。 ここには、もと社町役場がありました。昭和30…
社の忠魂碑 社市街地の南端にある「明治館」の敷地に忠魂碑があります。周囲を石の玉垣で囲み、その中に、大きな自然石で組んだ約2・5メートルの台の上にさらに高さ約2メートルの3本の石碑が聳えています。 水平に伸びた松の枝のために正面から見ると、…
田町にあった牛市場 田町通りを東に抜けると、道池交差点に出ます。ここには社郵便局と駐車場がありますが、郵便局がこの地に新築移転してくる以前は、牛市場がありました。 牛市場があった頃、市のある日には、早朝から牛の鳴き声があちこちから聞こえ、道…
裁判所は元県立社高等女学校あと 社の環状線(国道372号線)の嬉野口交差点から西に向かって少し歩くと、裁判所があります。 広々とした敷地の庭の一角に「県立社高等女学校跡」と刻んだ小さな石柱が立っています。元は、この地に県立社高等女学校があっ…
裁判所 社には裁判所があります。その歴史をさかのぼってみると、裁判所が置かれたのは、今からおよそ130年ほど前の明治11年のことで、姫路治安裁判所の社出張所として設置されたのでした。 その後、明治23年に社区裁判所が設置されました。大正時代…
夏の早朝 市内の古い池で見つけたトンボ なんという名のトンボか分かりませんが 太陽の光に七色に輝く翅にみとれてしまいました。 ヨシの緑、吹きわたる風、ゆっくりと翅を動かしながら トンボはカメラにおさまってくれました。 ふるさと加東の自然のひとこ…
加東郡の郡役所 平成の大合併によって「加東市」が誕生しました。加東市の場合、社町、滝野町、東条町の3町が合併して生まれたのですが、この3町は加東郡という区域だったので、加東郡が加東市になったような感じを受けます。しかし、加東郡という区域はあ…
山氏神社 前々回紹介した「さんがい」交差点から商店街をさらに北に向かって少し歩くと、時計店の角から東に参道がのびています。これが山氏神社(やまうじじんじゃ)の参道です。山氏神社は「やもりさん」(「やんもいさん」)とよばれています。 この神社…
社の「義経」伝説 社郵便局の東側の小高いところは、「百旗」(ひゃくはた)・「百旗立」(ひゃくはったい)とよばれています。 この地名の由来は、今からおよそ800年余り前の1184年、源義経が三草山に陣取る平家を急襲し、逃げる平家を追って、社ま…
三階(さんがい)交差点 前々回に紹介した「明治館」(旧加東郡公会堂)から商店街を北に向かって少し歩いたところで、狭い交差点に出ます。国道372号線が市街地を迂回して環状線を走っているので、この東西方向の道が近道として利用され、交通量が多いと…
半世紀前の商店街が目に浮かぶよう・・・ ここに昭和25年と27年の『加東加西多可・官公庁各種団体人名鑑』があります。この冊子に掲載されている「広告」がおもしろいのです。当時の社市街地にあった店の名や通りの名前が出てきます。商売、店名、場所の…
明治館あたり 町制の実施と役場 佐保神社の参道を南に向かって歩いて行くと、「明治館」の塀につきあたります。その曲がり角あたりに昔、社町(昭和の合併以前の社町)の役場がありました。ここに役場が建てられたのは、明治45年7月のことでした。 加東郡…
田町の法蓮寺の道標 田町通りは、今は空地があったり、商店も少なくなってさびしい感じがしますが、お年寄りの話によれば、社の街で一番にぎやかな通りだったそうです。 いろんな店が建ちならび、暮れの「誓文払い」や「歳の市」には、身動きがとれないほど…
社(やしろ)の地名の由来は、佐保神社(さほじんじゃ)に深く関係しています。 佐保神社の境内は、西側を旧国道175号線によって切り取られた形になっており、道路から高く積まれた石垣の上の石の玉垣が柵になっています。 玉垣の前に一列に小宮さん数社が…
今年3月20日に加東市が誕生しました。旧加東郡の社町、滝野町、東条町の3町の合併で生まれた新市です。 ところで、旧社町の中心部の社地区の市街地に「老松町」(おいまつちょう)という地名があります。この地名の由来は、大きな松の木(老松)が通りに…