2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧
大正14年(1925)、加東郡仏心協会の部落講話の実施について、区長への協力依頼を行っています。その文書が社町社区(現在の加東市社)の区長雑書綴に綴じられています。 拝啓 本月二日本協会幹事会の結果全部一致托鉢の不可能なるに鑑み一時延期の上…
加東市森(元東条町)の中国自動車道の南側に位置する旧道を車で走っていると、曲がり道のところに小さな祠のようなものがあり、その中に大小2本の石柱が赤いよだれかけを着けられて立っているのに気がつきました。お地蔵さんかと思ってよく見ると、角柱で…
加東市岡本地区の道を車で走っていると、民家のブロック塀の前に一本の道標が立っているのに気がつきました。車から出てよく見てみると、やはり道標でした。天辺は屋根のように三角、上部に座像が刻まれていたようです。その下の文字を読もうと思ったのです…
26日(土)、加東市の社公民館でやしろ歴史民俗研究会の例会があり、久しぶりに出席できました。テーマは「加東市の道標」で会員の藤本義秀さんの研究発表でした。実際に足で調査をされた詳細なデータを元に市内の道標について、その位置、建立年代、型式…
昭和4年(1929)の秋、加東郡社町公会堂(現加東市明治館)で兵庫県と加東郡各町村主催の講演会が開催されています。その案内のはがきが当時の社区事務所の雑書綴に綴じられていますので紹介します。当時の加東郡は現在の加東市と小野市域にあたります…
昭和4年(1929)、社町農会が明石の農事試験場へ農事視察に出かけています。その案内通知が当時の区事務所の雑書綴に綴じられています。案内を読んでみると、何と交通手段は自転車なんですね。往復自転車、弁当持ちで明石往復とは。健脚に驚きますが、…
大正14年(1925)の夏、社尋常高等小学校(現加東市立社小学校)で公開授業が行われました。校長から区長宛ての案内状が当時の社区事務所の雑書綴に綴じられています。「公開教授」と言っていたんですね。 拝啓 明後、二十日午前八時より本校に於て教…
以前にもこの歴史ブログで紹介しましたが、加東市社に「私立有隣家政女学校」がありました。所在地の表示は兵庫県加東郡社町老松町となっています。ちょうど社小学校に通じる「学校道」の道筋にありました。今はその建物も解体され駐車場になっています。 有…
昭和10年(1935)の6月といえば、田植え時期の農繁期。この時期に陸軍が演習を行うという通知が社町長から関係部落の区長に宛てて出されています。(社区事務所「往復文書綴」) 至急 昭和十年六月二十七日 社町長 社、山国、松尾、田中、鳥居、出水 …
昭和10年(1935)、当時の社町社区事務所の「往復文書綴」に満州事変に出動した勇士の功労者行賞の授与式の案内状が綴じられています。満州事変に出動した郷土兵の奉告祭や見送りの通知はこれまでもこのブログで紹介してきましたが、このような行賞授…
昭和10年(1935)、社尋常高等小学校で展覧会が開催され、案内状が当時の社区事務所の往復文書綴に綴じられています。案内状には会場図が付けられており、当時の社小学校の配置がよく分かります。校門を入った正面には奉安殿があります。 昭和十年二月…
昭和10年(1935)、社税務署で土地測量講習会が開催されるので希望者の報告をという通知が社町長から区長に出されています。 社通二第五号ノ一 昭和十年一月十七日 社 町 長 各区長 殿 土地測量講習会開催ノ件 今般左記要項ニ依リ土地測量講習会開催相…
13日の朝、加東市の下三草辺りは霧がたちこめていました。公民館から農道を上三草方面へと車をゆっくりと走っていると、霧の田圃の中にぼんやりととんどのやぐらが浮かび上がって見えました。この辺りは源平合戦の古戦場に近く、逃げる平家が喉をうるおし…
今は天皇誕生日といっていますが、戦前は天長節といっていました。昭和時代は4月29日。今は「昭和の日」という名称で国民の休日になっています。学生時代にはちょうど東京にいましたので皇居で行われる一般参賀に行きました。二重橋を渡って宮殿前の広場…
昭和10年(1935)、社町の元郡公会堂(現加東市社の明治館)で社信用購買販売利用組合の主催で活動写真会が開催されています。その案内状と手書きのビラが当時の社区事務所の文書綴に綴じられています。 元郡公会堂では、映画会や講演会など政治経済軍…
昭和9年11月~10年10月の社町社区事務所の「往復文書綴」の中に昭和10年3月9日付の涌羅野義塾第6回卒業式の案内状が綴じられています。 涌羅野義塾(ゆらのぎじゅく)は、大正3年(1924)に社町の識者や女学校の先生によって学ぶ意欲はあっ…
昨日は加東市下三草の薬師堂にある古い五輪塔を紹介しましたが、今日はその薬師堂を紹介します。といっても木立の中に息をひそめるように佇んでいる古びたお堂の姿を写真で見ていただくだけですが。 下三草について、『加東郡誌』には次のように記されていま…
加東四国八十八ヶ所霊場の第九番は下三草の薬師堂です。下三草の集落の東を走る国道372号線の東側の山の中にあります。国道から山の方へ農道を上り、少し入った林の中に古びたお堂が見えてきました。 お堂の正面に高さ一メートルほどの石が立っており、ま…
兵庫県は全国で一番溜池が多い県です。北播磨にも7千以上の、そして加東市にも1500以上の溜池があります。それだけ、雨が少なく、農業用水を確保するための努力と工夫が必要だったということでしょう。 昨年7月の大雨で加東市曽我地区の重ね池の中池が…
平成25年の元旦は山国王子ヶ池で初日の出を拝み、福吉地区の初集会に出席し、新年のご挨拶をさせていただくことから始まります。福吉という実に目出度い名前の地区から加東市の新年が始まるというのは縁起がいいですね。集会が始まる前にいつも大歳神社に…
4日朝、日の出前の社大池です。水面の一部が凍っていました。社では、池が凍ることは滅多にありません。昨日今日の冷え込みでとうとう社大池の水面も凍ったのです。 環状線から山国方面を望むこの景色はこれまでもこのブログで紹介してきました。そばを下川…
3日朝、加東市東古瀬の集落から北に向う道路と東西に走る道路が交差する交差点にある石造の小さな祠と一本の道標が朝日に照らされて立っている姿が目にとまりました。5年前のブログで紹介した道標ですが、今年も元気でいるんだなと安心しました。 道標は上…
2日、家族揃って佐保神社に初詣に行きました。拝殿で参拝し、家族がおみくじを引いている間、時折り日が射す穏やかな正月の雰囲気に包まれた境内を歩いていました。ふと拝殿前の大きな石灯籠に目をやると、目の高さより少し高い部分に干支の動物が刻まれて…
元旦の午後、加東市上田地区では初集会が行われます。朝一番には福吉地区で初集会があり、加東市の一年はこの2つの地区の初集会から始まります。「福吉」「上田」とも縁起、景気の良い名前なので加東市の一年がこの2地区から始まるのは嬉しいことです。 上…
輝かしい平成25年の元旦。初日の出を加東市山国の王子ヶ池の堰堤から拝みました。池の対岸の松林のさらに向こうから、まぶしいばかりに輝く初日が昇りました。午前7時20分のことでした。 この一年が癸巳(みずのとみ)の年にふさわしく、「大きく育って…