2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧
今日は20年前の兵庫教育大学附属中学校の校外写生大会で姫路城を描いた絵を紹介します。 平成14年(2002)の姫路城で、平成の大改修前の姿です。天守閣を東の入口あたりから見たものです。ここが私の引率指導の持場だったわけです。生徒の写生道具を…
25日(日)の夕方、加東市社の社中央公園のステラパークに夕景色を見に行きました。素晴らしい夕景でしたが、スマホの写真機能をよくわからないままシャッターを押しました。 パソコンで見てみると、なかなかおもしろい写真になっていました。中央の円形の…
兵庫教育大学附属中学校に勤務していた頃、学校行事として、秋の写生大会が行われていました。各学年毎に写生地に出かけ、一日かけて写生を行います。もちろんなかなか仕上がりません。あとは美術科の授業時間に仕上げていきました。私は引率係として、写生…
2日前に兵庫教育大学附属中学校の写生大会で描いた絵を紹介しましたが、もう一枚描いていたので紹介します。平成6年(1994)の秋、加東市畑の朝光寺境内の鐘楼です。国の重要文化財に指定されており、鎌倉時代に建てられたものです。その姿は、とても…
25日(日)、今日は快晴の一日でした。朝、夜明けの頃は、ひんやりした空気に包まれ、社の市街から東の空が朝日でオレンジ色に光り、JAみのりの本所ビルが黒いシルエットとなっていました。 昼過ぎ、同窓会の会合で嬉野の社高校へ行きました。空はどこま…
この絵は、平成6年(1994)の秋、加東市畑の朝光寺境内にある多宝塔を正面から描いたものです。当時、私は兵庫教育大学附属中学校に勤務していましたが、毎年秋には校外写生大会が行われ、この年は朝光寺で行われました。 私は引率の係で、絵の指導はも…
庭のくるみの木に生っている実が台風14号の強風を乗り切り、一斉に割れてきました。もうすでに何個か収穫しましたが、これから地面に落ちてくる実を拾うのが楽しみです。 木にくっついているのは実だけではありません。夏の忘れ物のようにセミの抜け殻も台…
お彼岸の墓掃除に社の百旗墓地に行きました。墓地の入口、道路沿いに一石二字法華経塔があります。3年前にこのブログで紹介しましたが、先日のやしろ歴民研の研修会で、加東市西戸の今寺の一石一字法華経塔のことが紹介されたばかりだったので、もう一度あ…
21日(水)、県立社高等学校の第74回体育大会が行われました。3年ぶりに通常の形態で開催となり、多くの保護者が参観する中、生徒は青春満開とばかりに溌剌として競技や演技に取り組んでいました。 私は24回生です。在籍していた昭和40年代半ば、体…
18日(日)の朝、加東市立鴨川小学校へと車を走らせているとき、上鴨川住吉神社を過ぎて、下鴨川に入る辺りで、鴨川の堤に真っ赤に咲いて群れる彼岸花が目に止まりました。 この鴨川の堤には毎年彼岸花が咲きます。これまでにもこのブログで紹介したことも…
18日(日)、加東市立米田小学校の運動会に行きました。まずは、校庭の二宮金次郎像にご挨拶です。市内の小学校にある二宮金次郎像の中で、一番の男前、今風にいえばイケメンの金次郎像だと思っているのがこの米田小の金次郎さんです。 その顔の表情は爽や…
18日(日)、加東市平木にある市立鴨川小学校へ。今日は運動会の日。開会式の30分ほど前に着き、まだ子供達もそろっていない運動場から校門へと歩きました。目的は校門を入ったところの斜面にある二宮金次郎像への挨拶でした。久しぶりの再会です。 校門…
17日(土)、運動会が行われた加東市立福田小学校に行きました。駐車場から運動場へ向かう途中、二宮金次郎像の前を通りましたが、思わず「お久しぶりです」とつぶやいてしまいました。 コロナ感染のここ3年間、授業参観や運動会、入卒業式などで学校を訪…
16日(金)の朝、登校見守りを終えて、家に戻ると、目の前に小さな赤いトンボが飛んできました。アカトンボか、と思いながらその場で動きを止めてじっと見ていました。すると、すっと目の前の木の枝に止まったので、静かにカメラを取り出しシャッターを押…
14日(水)の午前6時頃、ウォーキングのために外に出ると、西の空高くに白い月がかかっていました。 社のランドマーク、見上げる高さの関電タワーの遙か上空でした。そのタワーの建っている関電の建物の窓にまぶしく光る朝日が映っていました。月と太陽が…
庭のクルミの実(外側の皮)が割れはじめました。今年もたくさん実がついていますが、まるで示し合わせたように割れはじめています。これから少しずつ割れて、中の堅い殻がむき出しになり、やがて地面に落ちてきます。 セミもコオロギもそしてクルミも自然界…
9月も半ばにさしかかっていますが、毎日厳しい暑さが続いています。それでも庭から聞こえてくるのは、セミの合唱から秋の虫の音へと変わりました。空には絹雲が出て高さを感じます。秋の気配を感じています。 数日前から庭の大甕に小さな白い花が咲いていま…
10日(土)の夕方午後6時過ぎ、加東市社の社中央公園のステラパークに行ってみました。夕涼みをかねて夕日を見ようと思い立ったのですが、絶景でした。ステラパークからの眺望は素晴らしく、写真は昨日のこのブログに紹介した通りでした。 すぐ手前の金屋…
10日(土)の午後6時過ぎから加東市社の社中央公園ステラパークに涼みに行きました。 この公園は社の市街地の東にあり、加古川の河岸段丘の高位段丘にあたる嬉野台地の一番西にあります。すぐ眼下に社の市街地、そしてさらに西には低位面にあたる平地が広…
10日(土)の朝、6時30分頃、庭から聞こえてくる鳥の鳴き声に、聞き慣れない声があるので目を向けると、どうも柿の木の方から聞こえてくるようでした。冬だと、葉が落ちていてすぐに鳥を見つけることができるのですが、葉が茂っている間はよほど大きな…
この写真は、「社町10年のあゆみ」(昭和40年発行)に掲載されている社町立社中学校体育館です。現在の加東市立社中学校ではなく、今の兵庫教育大学附属小学校・幼稚園のある場所にあった頃のものです。 もう一枚は、附属幼稚園前の歩道沿い、西隣の店舗…
7日(木)の夜、帰宅した時、雲間に光る月が見えました。流れる雲の縁を照らしながら、また、雲に隠れながら、南東の空に月が光っていました。 だいぶ膨らんできていますが、10日が満月のようです。中国、アメリカが月探査ロケットの競争をしていますが、…
この写真は、社の商店街を歩く稚児行列です。おそらく昭和30年代の後半だろうと思います。私や弟、近所の子供、そして、付き添う私の父や近所のおばあさん、おばさんの姿がありました。父もおばあさんもずいぶん前に亡くなりましたが、みんな笑顔で嬉しそ…
今年も運動会シーズンがやってきました。最近は、1学期に実施したりする学校もありますが、やはり2学期、秋が多いと思います。加東市内でも今秋の週末には中学校、来週末には小学校で行われます。 私が社小学校の頃、昭和30年代半ばから40年代はじめに…
9月1日の早朝、まだ空は曇っていました。ウォーキングで社の街を歩いて上本町までやってくると、善龍院から東に入ったところに上組の太鼓屋台倉があります。例年だと9月の半ばから夜になると屋台の飾り付けや乗り子の子供たち、保存会の青年らの太鼓練習…
『社町10年のあゆみ』(昭和40年)の表紙写真です。加古川の河岸段丘の地形が特徴である低地は豊かな田が広がり、中位段丘には、社の市街地、そして、高位段丘は嬉野台地が続いています。そして、その向こうに扇を広げたように三草山が美しい姿を見せて…
昨日紹介した「社町10周年のあゆみ」の小冊子の中に、当時の社商店街の写真が掲載されていました。新社町が誕生したのは昭和30年ですから、この写真は昭和40年頃のものと思われます。看板の店の名から、銀座街だとわかります。当時の賑やかさがうかが…
「社町10年の歩み」の小冊子の中に、消防団を紹介する項目があり、一枚の写真が掲載されています。いわゆる「昭和の大合併」で社町が誕生したのは昭和30年。社町、福田村、米田村、上福田村、鴨川村の1町4村が合併し、新「社町」として出発し、その後…
昭和47年に社町中央公民館が発行した『社町歴史遊歩道』の表紙に石仏が大きく掲載されています。これは、上三草の旧街道(たんば道)に面した岩に彫られた石仏です。上三草の磨崖仏とよばれ、道から見上げる高い位置に彫られています。 今から650年ほど…
手元にある『社町歴史遊歩道』(社町中央公民館発行、昭和47年)に、加東市木梨の八幡神社のムクの木が紹介されています。 「昔、多田池がきれたとき、おし流された人たちはこの大木を目当てに帰ってきて、現在の村をつくったと言われています」との言い伝…