ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

2008-10-01から1ヶ月間の記事一覧

昭和19年-町葬執行計画

昭和19年(1944)10月13日、社町出身軍人の戦死者の合同町葬が行われました。その執行計画は次の通りです。 海軍大尉 大橋常孝 故 海軍々属司政官 小寺義一 君ノ合同町葬執行計画 陸軍兵長 石井 博 一、日時場所 昭和十九年十月十三日午後一時 於…

昭和19年-自許票や待避所設置の通知

「昭和十七年以降 社町役場ヨリノ書類綴 社区」の中に、昭和19年10月4日付で、社町長から区長宛に発せられた「自許票」と「待避所」設置についての通知が綴じられています。 「自許票」は国民服やモンペ服などに縫いつけてある白い名札のようなものです…

昭和19年-疎開対策

「昭和十七年以降 社町役場ヨリノ書類綴 社区」の中に、昭和19年(1944)の8月の文書の中に、防空対策としての疎開に関する文書が綴じられています。 疎開者のための住宅の斡旋、疎開該当者などが示されており、疎開がどのように行われていたのかを知…

昭和19年-大政翼賛会主催で講演と映画

昭和19年(1944)、大政翼賛会社町支部主催の講演と映画の会が開催されています。海員充実運動の一環として行われたようですが、社の佐保座は郡公会堂とともに戦時中こうした映画会や講演会、慰安会などの催し会場としてよく使われていたことがわかり…

昭和19年-食糧増産慰安大会

この歴史ブログも気がつけば500回に達していました。今回が501回目です。無尽蔵のふるさとの歴史をこれからも見出し発信し続けていきたいと思います。 さて、今日は昭和19年(1944)秋に開催された農業会主催の慰安大会の案内と入場券を紹介しま…

昭和19年-祈誓文

「昭和17年以降 社町役場ヨリノ書類綴 社区」には、戦局が厳しくなるなか、戦勝祈願祭や出征奉告祭などの案内状が多く綴じられています。そうしたなかで、一枚の「祈誓文」がありました(写真)。 これは、昭和19年(1944)4月下旬に実施された軍人…

忠魂碑に勇士の名を入魂-昭和19年

朝のウォーキングのコースに明治館(加東市社)の庭にある忠魂碑が入っています。 国道372号線から旧道に入り、下川(社川)を渡って、50段余りの階段をのぼると目の前に忠魂碑が立っています。毎朝、この碑の前で静かに英霊の御霊に静かに感謝を捧げま…

青年学徒錬成場の歴史を今に-八紘寮

県立嬉野台生涯教育センター(加東市上久米)の一角に木造の八角形の建物があります。「うれしの資料館」の看板が掛かっていますが、この建物は、同センターの前身である県立公民研修所、さらにその前身の県立嬉野学徒錬成場で宿泊施設として使われていた「…

昭和19年-暦頒布

大東亜戦争中の昭和19年(1944)、暦頒布の通知が社町長から各区長宛てに発せられています。別紙の割当表には各部落戸数も書かれており、当時の各部落の戸数もわかります。 昭和十九年一月二十八日 社町長 合田常蔵 各区長殿 昭和十九年度暦頒布ニ関ス…

佐保神社の明神講

加東市社の佐保神社では明神講が開かれ、秋の祭りが行われました。秋晴れの澄み切った空の下、昼前に講員が参集し、拝殿において祝詞をあげ明神をお祭りしたあと、社務所で直会が行われました。 『佐保神社誌』によれば、明神講というのは、佐保神社附属の講…

山国原田池からの夕日

加東市山国の東には、大きな溜め池や田圃が広がり、西を臨めば青野原が地平線となって視界が広がっています。標高100メートルあたりの台地面にいくつか大きな溜池があります。口ノ森池、原田池、王子が池などです。 15日(水)の夕方、神戸からの帰り道…

昭和19年-軍人援護強化運動

昭和19年(1944)4月、大東亜戦争の戦局が厳しさを増す中、社町長から各区長宛てに「軍人援護強化運動実施」についての通知が発せられています。趣旨に書いてあるように銃後の国民が一億一心で前線で戦う兵隊さんを援護するための祈念式の実施するよ…

昭和18年末-米や味噌醤油の配給切符

「昭和十七年以降 社町役場ヨリノ書類綴 社区」には、役場から区宛てに発せられたさまざまな通知が綴じられていますが、昭和18年(1943)の年末、翌年度の配給通帳の送付に関する通知がありました。 米、味噌、醤油、砂糖等毎日の食事に欠かせないもの…

昭和17年-光明寺花まつり法要変更のお知らせ

播磨高野とよばれる真言宗の古刹、加東市の五峰山光明寺では、毎年5月3日に「花まつり」(お釈迦様の誕生日)が行われ、多くの参詣者で賑わいます。この「花まつり」はもとは4月8日に行われていたのですが、太陽暦の普及する中、昭和17年から5月8日…

佐保神社の秋祭り-上組屋台

今年も佐保神社(加東市社)の秋祭りが始まりました。11日(土)は宵宮、12日(日)が本宮です。本宮には4台の太鼓屋台が繰り出します。宵宮には社の上組、下組の2台が市街地を巡行し、夜には佐保神社の門前でそろいます。 上組では秋祭りに備えて、若…

国際交流も-木梨神社秋祭り

4日、5日は秋祭り真っ盛りでしたが、4日夜、加東市藤田の木梨神社境内では地元藤田地区の祭りが開かれました。藤田地区では祭り実行委員会を中心に祭りを盛り上げる企画が満載で、神社境内は老若男女でにぎわいました。 宵宮のオープンは、藤田地区で生産…

上鴨川住吉神社神事舞-中世の伝統を今に

4日(土)夜、加東市上鴨川の住吉神社の鬱蒼とした杜に包まれた境内では、中世以来の伝統を今に伝える神事舞踊が奉納され、多くの人々がその貴重な伝統文化を堪能しました(宵宮)。 この神事舞は、昭和38年(1963)に兵庫県の重要無形文化財に指定さ…

昭和20年-戦時中の職業名

戦時中の社区(現加東市社)の文書の中に、「鶉野出役戸数調査資料」(昭和二十年一月十日各組長報告)が綴じられています。 鶉野出役とは、鶉野飛行場(現加西市)への勤労奉仕作業のことですが、各組長から提出された報告には、氏名、家族数、職業などとと…

夕日が美しい-嬉野台地

台風が本州の南海上を東へと走り去った10月1日の夕方、ちょうど車を嬉野台地(加東市久米と山国の境あたり)を西に向かって走らせていました。 真っ赤な夕日が今にも西の青野原台地の向こうに沈もうとしてるではありませんか。学園道路から旧道に入って車…

昭和17年-味噌製造用塩配給申込書

前回に続いて、「昭和16年度以降 各種報告書綴 調査資料共 社町社区」に綴じられている味噌と醤油の配給に関する資料を紹介します。 昭和17年(1942)2月21日付の社町長から各区長宛てに味噌と醤油の配給制実施に関する通知(下記)が発せられて…