2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧
ここに「昭和16年度以降 各種報告書綴 調査資料共 社町社区」と表紙に書かれた書類綴があります。綴じられているのは配給などの各種調査資料で、裏紙や紙切れなどに書かれた氏名、数量などがほとんどです。 そのうち、石炭の配給申込書2通紹介しましょう…
28日(日)、東条山田錦の里探訪ウォークに参加しました。12キロのコースを想像していたよりも速いペースで歩き、ゴールの東条温泉とどろき荘に近い岡本の公民館近くの道を歩いていると、交差点の電柱の脇に一本の道標が立っているのが目に入りました。 …
ここに昭和18年(1943)7月15日付、社町長から各区長宛てに出された通知があります。当時の社町は旧社町ですから今の社小学校区域にあたります。 通知の内容は、社国民学校の校長及び他の先生が各部落を巡回して講話をするというものです。通知文は…
昭和18年(1943)5月、加東地方事務所と社町役場の主催で、部落会中堅指導者の養成を目的とする講習会が開催されています。戦争遂行に向けて、国民組織の基盤である部落会の組織強化をめざしたものです。 会場は社区公会堂となっています。現在、社区…
この写真は今から50年余り前の昭和31年(1956)、昭和の大合併で誕生した新社町建設のシンボルでもあった社病院の竣工式のようすを写したものです。 社病院は、千鳥川畔に建設され、内科、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、小児科、レントゲン科の6科で…
昭和十七年以降「社町役場ヨリノ書類綴」(社区)の中に、昭和19年(1944)3月の日付で、座布団の供出に関する書類が綴じられています。 金属類の供出が行われていたことは知っていましたが、昭和19年になると、座布団まで供出していたのかと驚きま…
アルバムの隅に小さな写真がありました。よく見ると、大相撲のようです。手前で見ている消防団員の背中に「社」の文字がはっきり見えますので、社で開催された大相撲の地方巡業の一こまではないかと思います。 写真の場所を後ろの風景から探ろうと見ましたが…
滝野南小学校(加東市高岡)の運動会に向かって、加東市河高の国道372号線を走っていると、JR加古川線社町駅近くの道沿いの消防ホースの格納箱の隣に道標が立っているのに気づきました。この道はもう何十年と走っているのですが、これまで道標の存在に…
運動会シーズン真っ盛りですが、私が小学生の頃、やはり徒競走やリレーは今と同じように運動会の花形種目でした。そして、もう一つ。日の丸と校章の2本の旗を持って「あれはぼくらのがっこうの印ぞ青の校章ぞ・・・」(だったと思うのですが)の歌に合わせ…
秋の運動会シーズンを迎えています。私たちが小学生だった頃は運動会は10月におこなわれていたと思いますが、近年は中学校が9月の第2週、小学校が3週目あたりになっています。 この写真は昭和38,39年頃の社小学校の運動会です。ちょうど東京オリン…
この写真は戦前、昭和10年代前半のものだと思われます。畑の中で収穫したとうもろこしを真ん中にしての記念写真です。柱には、「社町青年団興国勤労隊第一作業場」と書かれています。 写真に写っている団員の顔は皆精悍そのものですが、年齢差もあるようで…
この写真は昭和33年(1958)2月12日に行われた社消防団の日本消防協会表彰の受賞パレードのようすです。前日、2月11日に東京で表彰式があり、翌日、その受賞を町民に披露するパレードが行われたものです。先頭に表彰状、続いて表彰旗、団員が続…
昨日は55年前のオートパレードの歓迎風景を紹介しましたが、アルバムの中にその4年後、昭和32年(1957)9月4日の日付入りの「神港新聞ミス県内早回り」の写真がありました。 合併間もない社町の役場(現、加東市社、社連合区消防会館、駐車場のあ…
この写真は今から55年前の昭和28年(1953)3月14日に、神戸新聞のオートパレードを歓迎する社町民のようすです。昭和28年といえば、私が生まれた年であり、まだ昭和の合併前ですから、旧社町の時代です。 花束をオートバイのライダーに贈ってい…
昨日は、渇水の東条湖の美しい夕景を紹介しましたが、振り返って、ダム(堰堤)から東を望むと澄んだ空気の向こうに遠く六甲連山が青くくっきりと見えました。 私が立っているダムの上は標高140メートル余り。ダムの高さは40メートル余り。直下を見下ろ…
先日、神戸新聞が「東播の水がめ」東条湖の貯水量が満水の30%にまで下がっていると報じました。今年は各地でゲリラ豪雨が話題になっていますが、台風の上陸もなく、ダム上流域の降水量が少ないために水位が下がっているということです。稲の収穫時期を迎…
今年の7月、社総合病院は加東市民病院に改名しました。「社病院」という名に親しんできた住民にとっては少し寂しい感じもしますが、新生加東市建設にふさわしい新しい病院づくりのスタートと受け止めています。 今から50年余り前、昭和の大合併で社町が誕…