ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

2013-05-01から1ヶ月間の記事一覧

昭和10年-社町の財政説明

昭和10年(1935)当時の社町(現在の加東市立社小学校区)の財政について、社町長から区長に対しての説明が綴じられています。小学校の改築のために緊縮予算を組んだことが述べられており、また、前年に奉安殿や平安橋などが造られたことも分かります…

昭和10年-産業組合の映画会

昭和9年~10年(1934~1935)にかけての社町社区事務所の往復文書綴の中に、社信用購買販売利用組合が主催する映画会の区長宛ての案内が綴じられています。 社信用購買販売利用組合が産業組合の宣伝と組合員の慰安を兼ねて映画会を開催するもので…

昭和20年-社警防団の決算報告

昭和20年(1945)の2月、加東郡社町社(現加東市社)の警防団が社区長に対して19年度の決算報告を提出し、欠損額の補助を請求しています。その決算書が昭和十六年以後の各種報告書綴に綴じられていました。社警防団第一分団長の署名は父、藤本豊治…

昭和6年-加東市社の持寶院で新年奉祷会

昭和6年(1931)の新年、聖壽万歳と国家安泰を祈願する真言宗の法会が持寶院(加東市社)で行われています。その案内状が当時の社区長の雑書綴に綴じられています。葉書より少し大きい用紙に活字印刷されています。写真は持寶院大師殿です。 謹テ新年ノ…

昭和5年-駿豆地方震災への義捐金

昭和5年(1930)11月26日、駿豆(すんず)地方に大地震が発生しています。北伊豆大地震でマグニチュード7.3という大きな地震だったようです。 この被災地への義援金が兵庫県で取り扱われており、当時の社町役場で受け付けています。その通知文を…

昭和5年-社町農会が漬物講習会

今から83年前の昭和5年の12月、社町農会の主催で漬物講習会が開催されています。会場は社小学校、講師は徳島県の漬物組合の組合長が招かれています。当時の社区長の雑書綴に綴じられている通知を紹介します。 社農第一五九号 昭和五年十二月十七日 社町…

昭和5年-神戸沖に天皇陛下行幸で国旗掲揚

昭和5年(1930)、社町長から各区長に宛てて、国旗掲揚に関する通知が出されています。 これは当時の社町社区長の雑書綴に綴じられているもので、神戸沖で行われる海軍の特別大演習後の観艦式を天皇陛下が御親閲になることから、その期間、社町社の各戸…

昭和13年-支那事変一周年のビラ

昭和13年(1938)7月7日、社町では支那事変勃発一周年を記念する事業が実施されました。この歴史ブログでも平成20年にその内容を紹介しましたが、当時の地区文書綴に綴じられていたビラの写真とともに再度紹介します。当時配布されたビラに印刷さ…

昭和5年-郡公会堂で農業経営講演会

昭和5年(1930)、元加東郡公会堂(現明治館)で社町農会主催の農業経営講演会が開催されています。講師は県の農会技師と実践農家で、その案内通知が当時の社町社区(現加東市社)の雑書綴に綴じられています。(写真は昭和10年代の元郡公会堂) 社農…

数奇な運命の道標-田町法蓮寺

朝のウォーキングで通る社の田町(たまち)通りの東の端に法蓮寺があります。その境内の一角に「左 きよみず」「右 ほつけ山」と刻まれた大きな道標が立っています。道標の裏にはこれを建てた人物の名と、これを発見し再建したその子孫の名が刻まれています…

昭和3年-海軍入団、陸軍退営通知

昭和3年(1928)の11月末、郷土から海軍に入団する兵の告別式と陸軍を退営する兵の歓迎の通知が社町長から各区長に出されています。毎朝ウォーキングの途中に参拝している佐保神社では、戦前はこうして郷土から出動したり帰還した際に奉告の儀式が行…

昭和3年-郡公会堂で肥料講演会開催

そろそろ田植えが始まります。すでに田圃は水を入れる準備が整い、池には水が溜められています。社農会では今週末に溝普請が行われます。 さて、今から85年前の昭和3年(1928)の5月18日、元加東郡公会堂(現加東市明治館)で、肥料研究会主催の肥…

昭和3年-9月1日「酒なし日」の通知

「加東市で日本酒で乾杯条例の制定」が新聞に掲載され話題になっています。酒米の王様、山田錦の生産地である加東市で日本酒の需要を高めていこうという趣旨だそうですが、日本食が世界で高い評価を得ているなか、日本酒の輸出も増えており、減る一方の国内…

大ケヤキの生命力漲る-佐保神社

佐保神社(加東市社)の瑞神門の前の大ケヤキは日一日緑を増しています。この大ケヤキは樹齢数百年と伝えられていますが、昨年瑞神門の修復工事のために高い枝が伐られました。しかし、その枝から勢いよく新しい枝が伸び、葉を生い茂らせようとしています。…

若宮神社-佐保神社から北へ

朝のウォーキングで佐保神社に参拝したあと、境内を北へ抜けて、神姫バス社営業所を左にみながら市街の若宮町に入っていきます。 そこには若宮神社があります。佐保神社の御祭神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)の子、天押雲命(あめのおしくものみ…

日本一木像大師像-慈寶院大師殿

朝のウォーキングでは加東市社の市街地を一周するコースを約45分ぐらいで歩きます。主なコースは、社中央公園、明治館・忠魂碑、佐保神社、大師殿、社小学校を巡ります。毎日同じでは変化がなさそうですが、季節の変化という楽しみがあります。今頃は新緑…

佐保神社の大けやき-生命の息吹

加東市社の佐保神社。朝のウォーキングで参拝しますが、参道と県道(旧国道175号)の間には大ケヤキ数本、松の大木、桜、銀杏の木が茂っています。今は公園になっていますが、神社の森林だった名残をとどめています。 去年瑞神門が修復され、門の脇にあっ…

淡路島地震-洲本炬口八幡神社の石鳥居と灯籠

10日(金)、洲本市炬口(たけのくち)地区の地震被災現地調査に行ってきました。地元住民会の会長さんの案内で地区内を歩いて調査を行いましたが、県総合庁舎を出て陀仏川を渡って少し山側に歩いたところで炬口八幡神社の参道に入ると、会長さんが石の鳥…

佐保神社石玉垣-大阪、京都の地名も

佐保神社(加東市社)をぐるりと囲む石玉垣には建立年や寄付者の住所や名前が刻まれており、早朝のウォーキングで参拝したあとなど時間があるときによく読んでみます。 本殿裏の杜(もり)との境にも玉垣があり、円柱の玉垣にはやはり寄付者の名が刻まれてい…

新緑の朝光寺境内-鐘楼と鎮守のお社

5日(こどもの日)の朝光寺の鬼まつりは多くの参詣者で賑わいました。境内には国宝本堂をはじめ、国の重要文化財の鐘楼、多宝塔、山門と、鎮守社・護法社があります。ちょうど再建中で、5月の日差しにまぶしく光るお社の銅板の屋根と白木が周囲の新緑に映…

朝光寺本堂-大般若経転読法要

昨日に続いて、朝光寺(加東市畑)の鬼まつりで行われた本堂での大般若経転読法要のようすを紹介します。 まぶしく光る新緑が開放された本堂の扉の向こうに輝いています。本堂の内陣では僧侶が大般若経を宙に大きく開きながら大音声で読誦します。その声が内…

朝光寺本堂と鬼踊りを観る人々

5日のこどもの日に行われた朝光寺の鬼まつりの写真を昨日に続いて紹介します。本堂の屋根の葺替工事が完成し、2年ぶりに本堂の前で奉納された鬼踊り。これを観ようと多くの人が訪れましたが、その本堂から踊りを観る人たちの姿を撮りました。

2年ぶりに本堂の前で鬼踊り-朝光寺

5日のこども日、恒例の朝光寺鬼まつりが行われました。加東市畑(はた)地区にある朝光寺周辺の山はまさに新緑がまぶしい絶好の季節。すでに駐車場は一杯になったのか、地元消防団員の誘導で順々に道路に駐車して行きます。 国宝の本堂の屋根葺替修理が終わ…

滝野城主阿閇重氏の墓所-光明寺

5月3日の花まつりの日、五峰山光明寺にお参りしました。山腹の駐車場から急坂を歩いて上っていくと、参道の脇、右手の山に一本の石造の標柱が立っています。 これは滝野城主阿閇重氏の墓所の標柱です。標柱には次のように刻まれていました。 史蹟 滝野城主…

播磨高野-五峰山光明寺

播磨高野とよばれる五峰山光明寺。山上には光明寺本堂、根本堂をはじめ、4ヵ寺の塔頭寺院があります。 5月3日はお釈迦様の誕生日を祝う花まつりが行われます。多くの参拝者が駐車場から急坂を歩いて登り、各寺院でお釈迦様に甘茶をかけて祝います。 中腹…

朝日を浴びて-五峰山、鎌倉峯遠望

5月2日(木)の早朝、加東市社の社中央公園の金屋谷池の堤の上から北西の方を見ると、朝日を浴びて光る社の市街地の向こうに新緑の五峰山や加西市の鎌倉峯がくっきりと浮かびあがっていました。 五峰山は播磨高野と称される光明寺の塔頭があり、5月3日は…

縣社の標柱-佐保神社

加東市社の佐保神社の瑞神門の前に社号を刻んだ立派な石造の標柱が立っています。 標柱には「縣社佐保神社」と刻まれています。よく見ると、上2字の「縣社」はセメントか何かで埋められていますが、色が違っているので縣社の文字はよく見えます。 側面には…

道池の道標-京、大坂への道

毎朝のウォーキングで、やしろ中央公園に向かう道の途中、社市街地の田町通りの東端にある法蓮寺東隣の道池地蔵尊のそばを通ります。子どもの頃は、お地蔵祭りで相撲をとってお金をもらったことや、中学、高校生の頃はすぐそばの法蓮寺横の路地を抜けて通学…