2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧
大正13年の大旱魃の時に県立農事試験場が出した田植えの注意事項を紹介してきましたが、今日はその3回目です。ちょうど田植え時期でもあり、水の心配をしなくてもよくなった今の時代の田植え、また、機械化が進んで、当時の田植え風景とはまったく違って…
一昨日のつづきを掲載します。大正13年の大旱魃時に県立農事試験場から配付された注意事項です。この大旱魃がきっかけとなって、昭和池(加東市上三草)が築かれることにもなったわけですが、雨が降らず、田植え時期に水がないということの如何に大変なこ…
加東市上三草、三草山の南山麓に巨大な溜池があります。高室池です。高室池ゴルフ場の北側にあり、池畔には高室池スポーツクラブのプールややしろ会館があります。ゴルフ場を過ぎて堰堤上の道路を走ると、右手に豊かな水を湛えた高室池が、そして、左手には…
今年も田植えの頃を迎えています。大正13年(1924)は大干ばつに見舞われた年ですが、ここに「大正十三年四月記 雑書綴 社町社区長」があります。この綴りの中に、「挿秧ノ用水不足ニ対する稲作上の注意」と題した文書が綴じられています。これは、大…
昭和4年(1929)9月30日、昭和天皇の第三皇女、孝宮和子内親王(たかのみや かずこないしんのう)が誕生された。10月4日、社町長から各区長宛に命名式を祝って各戸で国旗を掲揚するように伝えるようとの通知が出されています。 昭和4年の社町社…
佐保神社楼門の前に鐵柵で保護された一対の石燈籠があります。今から約260年以上も前の江戸時代半ば、延享年間と宝暦年間に建立された古いものです。 楼門が修理され、次の世代に継承することができました。この文化の継承はまさに私たちの大事な使命だと…
足場がはずされ、修理をほぼ終えた佐保神社(加東市社)の楼門が朝日に照らされています。本当に久し振りにその姿を見ることができました。真新しい銅板で葺かれた屋根。何か以前と少し違った感じも受けますが、秋の祭りでは、この楼門の横を太鼓屋台が宮入…
佐保神社の楼門の屋根葺替え工事が行われていましたが、先日から足場の上部の一部が取り払われ、赤く光る銅板の屋根が少し見えていました。23日午後、佐保神社参道を車で横切っていると、足場が解体されつつあり、楼門が全貌を見せていました。 銅板の屋根…
5月の朝日に照らされて佐保神社境内の小宮さんもまぶしく輝いています。佐保神社の境内の西側には小宮さんが並んでいます。かつて市街地の各所に祀られていた小宮さんもこの地に遷されています。私の住む田町通りにあった御大神宮さんもその一つです。毎年…
新緑の三草小学校(加東市上三草)で出会った講和記念塔を紹介しましたが、やはり隣の二宮金次郎像を紹介しなければと思い、この歴史ブログでは2回目になりますが、新緑の金次郎像を掲載します。 正面には「二宮尊徳先生幼時之像」の銅板がはめ込まれ、像の…
加東市上田の正覚院は法道仙人開基を伝える歴史の古い寺院です。この正覚院の境内に天満宮があります。この天満宮は、菅原道真公の自画像をお祀りするお宮さんです。石鳥居のそばに「御自画像天満宮」と刻まれた石柱が立っています。菅原道真公が九州太宰府…
加東市立三草小学校(上三草)で、19日(土)伝統行事の「ふれあい茶摘み」が行われました。児童と保護者、老人会、区長会、民生委員、地域の皆さんらが総出で学校の茶畑で茶を摘む伝統の行事です。 挨拶に立った三草小校区の代表区長さんは半世紀余り前の…
昭和56年(1981)、創立2年目を迎えた兵庫教育大学附属小学校の新校舎(現校舎)が嬉野の旧社中学校跡地に新築され、それまでの元公民研修所の仮校舎から真新しい校舎に移りました。それから30年余りが経ちました。私は、その年に加古川市の小学校…
大正13年の旱魃は今も歴史の中で語られる大旱魃でした。昭和池(加東市)が築造されたのもこの大旱魃が理由でした。当時の社町社区長の雑書綴に雨乞い祈祷に関する通知が綴じられていました。通知では、天理教(当時は社町社に教会があった)、持寶院、佐…
加東市河高の加古川右岸、福田橋西詰の少し上に河高住吉神社があります。この神社には県指定文化財の古い石鳥居があり、この歴史ブログでも紹介しましたが、境内には他に古い石灯ろうなどもあります。 川岸にそって細長くなっている境内の一番上流の参道に立…
新緑の好季節。空気の澄み切った日には山々の新緑がまぶしく光ります。 早朝、加東市社の社中央公園の金屋谷池の堤からの眺めは広々として清々しさを感じます。昇る朝日を背に受けて北西から南西まで視界を遮るものは何もありません。北西には、播磨高野の五…
今、国宝朝光寺(加東市畑)では本堂の屋根の葺替修理が行われており、6月10日に2回目の見学会が開かれる予定です。 朝光寺では5月5日のこどもの日に伝統の鬼踊りが行われたばかりです。朝光寺には国宝の本堂の他に重文の鐘楼、そして多宝塔があります…
加東市社の善龍院の境内には2本の道標があります。この歴史ブログで紹介したことがありますが、旧社町で最も古いとされている、寶暦12年(1762)建立のものと、もう一本、円柱の道標があり、2本とも「右きよみず」「左ほつけさん」と刻まれています…
加東市社にある善龍院は、天暦(てんりゃく)の頃(10世紀中ごろ)に藤原敏行が霊夢によって彫った青面金剛を弁恵僧都が背負ってこの地に持ち来たって寺院を建立したと伝えられています。 庚申堂にはこの青面金剛大明王(しょうめんこんごうぞう)、すなわ…
今年、加東市社の市街地の南端にある明治館、旧加東郡公会堂は建設されてからちょうど100年目を迎えます。現在は「明治館」と改称して保存され、催しなどに使用されていますが、大正元年(1912)に加東郡公会堂として加東郡(現在の加東市・小野市域…
播磨高野と呼ばれる五峰山光明寺(加東市下滝野)には、塔頭の4ヵ院があります。5月3日の花まつりには、多くの人が山上の4つの寺を巡り、お釈迦様の誕生日をお祝いします。 この日の楽しみは、塔頭寺院に所蔵されている寺宝が公開されることです。4ヵ寺…
5日、県道西脇三田線から鯉のぼりが見えたので、その方向へと上久米の集落へ道を入っていくと、電信柱の根元に先の尖った部分に梵字の彫ってある自然石が目にとまりました。もしやと思い草をかき分けてみると、やはり道標でした。土から上の部分に「右 大坂…
大型連休の最後を飾るのは、5日の「こどもの日」に行われる朝光寺の鬼踊りです。加東市畑の朝光寺では現在本堂屋根の葺替修理が行われている関係で、今年も去年に続いて鬼踊りの舞台は駐車場の特設舞台で行われました。新緑のまぶしい光の下で保存会の皆さ…
播磨高野と呼ばれる五峰山の中腹にある駐車場から東を望むと、眼下に闘流灘の奇岩、加古川の流れ、その向こうに稻尾、牧野、吉馬の台地、そして、三草山が視界の真ん中に入ってきます。普段は三草山の正面というか、南西側の平野部からの姿を見ているので、…
播磨高野とよばれる五峰山光明寺。山上には光明寺本堂、根本堂をはじめ、4ヵ寺の塔頭寺院がります。5月3日は花まつり。お釈迦様の誕生日を祝います。多くの参拝者が駐車場から急坂を歩いて登り、お寺でお釈迦様に甘茶をかけて祝います。この急坂は急傾斜…
加東市社の佐保神社の境内には数本の欅の大木があります。その中の一本、広い境内の真ん中に太い幹と大きく空に向かって枝を伸ばした一本の大欅があります。 太い幹は途中から伐られており、その表面は一部が白くなっています。もうずいぶん前のことですが、…
今年はサンフランシスコ講和条約が発効してからちょうど60年にあたります。昭和27年(1952)の4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、7年にわたる連合国の占領が終わって、日本が主権を回復しました。この日を主権回復の日として国民の祝…
5月1日、朝のウォーキングでいつもとはちがう道を歩いていると、ふと目に入ったのが「源氏」の文字。加東市社の市街地の南端、明治館から坂を下り、途中から右手の細い道に入って、池のうてみから下川へつながる水路の脇に、ポンプ制御板があり、そこに「…