前回、加東市藤田に伝わる多田池(藤田池)の伝説と掘り出された木樋を紹介しましたが、今日はこの池に伝わる「大蛇伝説」を紹介します。
伝説の内容は、多田池に大蛇が棲んで人を食べるというので怖れられていましたが、藤田三郎太夫行安という武士がこの大蛇を退治した、というものです。この大蛇は、その百年余り前に西国巡礼の旅の人が摂津の昆陽池を通りがかったときに、一人の若い女性から播磨国の福田郷にある多田満仲が築いた大池のある村の者に届けてほしいと託された文箱の中にいた一匹の蛇が池に入っていったもので、やがて大蛇になって人を食べるようになったわけです。
この伝説を裏付けるものとして、藤田三郎が大蛇に射た矢の先が木梨神社に宝物とされていたり、射かけられた大蛇がのたうちまわった場所は草木も生えず「蛇ころび」とよばれていたり、大蛇がいつも寝て枕にしている場所を「蛇枕」とよんでいたりしています。また、藤田三郎太夫の屋敷跡とされる広い平らな場所からはかつて矢の根も出てきたといいます。現在の藤田地区の名はこの藤田三郎太夫行安の名を付けたものです。また、木梨神社には、藤田三郎太夫行安を神と祀った三郎太夫神社が建てられています。その他にも、大蛇が堤を藪った時に一気に水が流れ出し、そのままでは下流の家や田畑が流される危険があったのですが、不思議なことに水は急に逆さまに流れてその難を逃れたと伝えられています。その流れのあとは、そのまま川となり、逆川とよばれている、といったことなども伝えられています。
中学時代にこの逆川を下流から歩いてのぼったことがあります。両岸は高く切り立ち、竹が生い茂る薄暗い川を勇気を出してさかのぼっていきました。途中、上流から流れにのって一匹の蛇が泳ぎながら流れてきた時には心臓が止まりそうでした。大蛇伝説の逆川で蛇!今でもその時の恐怖感、光景は鮮やかによみがえってきます。