
明日12月2日(日)、国道372号野村河高バイパスが開通します。そして、加古川には福田橋の少し下った場所に新しく加東大橋が架けられました。
ところで、加東大橋は初代の福田橋から数えて4代目にあたる新橋となります。以前にこの歴史ブログで紹介した「福田橋の記」の石碑がその歴史を伝えています。今回の新橋架設を記念にそのたもとにこの「福田橋の記」碑を移設し歴史を伝えることになったものです。
この「福田橋の記」は、この地に橋を架けるという明治時代はじめの加東郡民の願いが実現した福田橋の完成を記念して建立されたものです。記によると、江戸時代には渡し船で川を渡っていたのですが、明治15年(1882)、加東郡民の建議によってこの地に橋が架けられることになり、翌明治16年に完成したという初代福田橋架橋の敬意が書かれています。碑文を書いたのは当時の加東郡長だった河合半介(かわいはんかい)です。
当時は三等県道だったこの道は現在国道372号となり、バイパス工事が進められてきました。福田橋も一代目が明治16年(1883)年、二代目が大正3年(1914)、三代目は昭和31年(1956)に架けられています。位置は野村と対岸の安取を結ぶ線から次第に上流に移っています。そして、遂に4代目の福田橋として「加東大橋」が完成、明日開通ということになりました。
この地が播磨と京都を結ぶ新たな大動脈として動き出すのです。その歴史を伝える貴重な歴史遺産である「福田橋の記」が橋詰に移設され、解説パネルも設置されて橋を訪れる多くの人に読んでもらえることが出来るようになりました。この国道を管理する兵庫県加東土木事務所はじめ関係各位のご尽力に感謝しつつ、一足早く紹介します。