ときどき小さい頃のことを思い出します。その中で「ひだるがつく」という母の言葉についての話です。
小さい頃、昭和30年代の後半のころでしょうか。夕食のとき、おかずに不足を言ってしまい、父親に「食べるな」と強く叱られました。そのまま、家を飛び出たものの、外は暗くて家の周りを回ってこそっと家の中に戻り、自分の部屋に入っていました。腹ぺこでしたが、父親がこわくて「ご飯」といえずに辛抱していました。
その時、母親がそっと戸をあけて、おにぎりをもってきてくれました。「ちゃんと食べよ。ひだるがつくで」と言いました。母のあたたかさ、やさしさが忘れられない思い出となっていますが、その時の「ひだるがつくで」の意味がよくわからないまま、何かよくないものがつくと思っていました。
それから何十年、NHKの水木しげるの連ドラを視ているとき、「ひだるがみ」という妖怪がでてきました。山の中などを歩いているとき、腹を空かしていると、ひだるがみがふっと取り憑くのだそうで、急に体が重く感じたり、元気が出なくなったりするのは、この「ひだるがみ」のせいだというのです。母親が言っていた、「ひだるがつくで」とはこのことだったんだと分かったのです。
母親はごく普通に「ひだる」の話をしていましたが、得体の知れないものの存在は小さい子供にとって効き目があったのです。科学的に説明されるより、よほど効果がありました。